学校は喋らないことを強要する?「黙ってやりなさい」の指導にある背景とは。

つぶやき

静かにしましょう

喋らずにやりなさい

無言で並びましょう

「学校は、静かにすることを必要以上に強要する」というツイートを目にしたことがあります。「社会では個性が大切だといいながら、学校では個性をつぶしている」という主旨のものまでありました。

私は教員として子どもと関わる立場ですが、「確かにそう思われても仕方ない部分もあるかもしれない」と思いました。

一般的に学校では、授業中は私語を慎むよう指導します。加えて、何十人もの子どもたちが一斉に行動するわけですから、ある程度の統率・統一感というものが求められます。

ただ、「静かにしましょう」という類の指導の根幹には、「うるさいから」「騒がしいから」といった単純なものばかりでなく、もっと複雑な事情があるのだと考えています。

そこで今回は、「静かにさせること」の指導の背景について考えてみたいと思います。

教員の方は今後指導する際の根拠の一つとして、教員でない方は「ふ〜ん、そういう考え方もあるんだ」と知る機会として、私のつぶやきを聞いていただけたらと思います。

理論1 声量を指導する

その場所に適した声の大きさというものがある、という指導の在り方です。これは秩序を保つという点から、大人になっても大切です。「落ち着いた雰囲気のカフェで、隣の席の人たちの話し声が大きすぎて迷惑だ。この店のゆったりとした雰囲気が好きなのに。」という例を挙げると納得しやすいかと思います。どんな場所にも、その場所に適した振る舞い方というものがあります。

小学校では、「声のものさし」という掲示物を使用して指導することがあります。掲示物の種類によって段階分けが異なる場合もあるのですが、私が1年生の担任をしている時には、このようなものを使用していました。

特別支援教育のための教材(特別支援教育デザイン研究会より)

ネットからでも色々なテンプレートがダウンロードできるようです。

「その場に適した振る舞い」の一つとして、声量について指導するという側面があると考えます。授業中であれば話は別で、私語を慎むよう指導すると思いますが、そうでない場合私は「静かにしなさい」ではなく「もう少しボリュームを下げてもらっていい?」と声をかけるようにしています。

ペア活動の前にも「今、先生のこの声の大きさで、教室全体に聞こえているよね。だから、ペアで話をするときは、これよりも小さい声で十分相手に届くからね。ちょっと意識してみてね。」と声をかけてから取り組ませるようにしています。

理論2 学習の機会を保障する

この理論2が、「静かにしなさい」と指導する理由の大部分を占めるのではないかと思います。

教室には多くの子どもたちがいます。座席が前の方の子どももいれば、教師から遠い席の子どももいます。算数が嫌いな子どももいれば、算数だけは好きで前のめりになって教師の話を聞く子どももいます。色々な事情を抱えて登校してくる子どもたち全員に、等しく学習を受ける機会が保障されなければなりません。

「教師の話を聞いて学習したいのに、周りの私語によってうまく聞き取れなかった。」「課題についてじっくり考えたいのに、周りの私語のせいで全く集中できない」という事態は避けなければならない、というのが私自身の本音です。

一部の人たちの私語が、他の学習者に不利益を被らせるような場合があるのなら、その状況を変えなければならない。このような思考があって、「静かにしなさい」という指導にたどり着くのだと思います。

もちろん、学習への向かい方には、人それぞれ違いがあります。

①静かな環境だと集中できる
②多少の雑音がある方が集中できる
③一人の方が集中できる
④近くに人がいる方が集中できる

などです。

このように多様な学び方がある、というのは恐らく現場で働く教員自身も理解しているとは思います。ただ、理解はしていても、やはり学校という場所は特殊なのだと感じてしまいます。

教室には多くの子どもがいるため、「自分は静かに取り組みたい」「自分は友達と話しながら進めたい」など、全員の希望を叶えることが難しいのです。

したがって、どこかで折り合いをつける必要があります。

集中して物事に取り組む様子を「黙々と」という言葉で形容するくらいですから、一般的には「集中して何かに取り組むときには、口数が減る傾向が強い」とされています。このことも、学校現場において「静かに取り組むこと」が全体の総意として扱われる理由の一つだと考えられます。

ただし最近は、学習者が自ら授業の進度や方法を決める「自由進度学習」という在り方が広まりつつありますので、今後の教育現場に変容が見られる可能性もあります。私も勉強していきたいと思います。

自由進度学習について、東京都小金井市立前原小学校の蓑手省吾(みのて しょうご)先生に取材した記事を見つけましたので、気になる方はぜひご一読ください。
正解も、競争もない教室づくり。学びを楽しくする「自由進度学習」とは?

理論3 少しでも安心できる環境を

最後は、私が個人的に重要視している理論です。
理論2で、学習への向かい方が多様性に富んでいることを先述しました。

静かじゃないと集中できない人、一人で呟きながらじゃないと集中できない人、どちらでも良い人など、色々な子どもがいます。

私が心配しすぎているだけかもしれませんが、こんな子どももいるのではないでしょうか。

友達関係に不安があり、近くで話し声が聞こえると、自分の陰口を言われているように感じて気が気でない。
友達が何か私語をしているのが聞こえてくると、どんな内容なのか興味が出て仕方がない

このような状態の子どもは、きっと学習に集中することは難しいと思うのです。

「私語を慎んで学習する」ことで、そういう子どもたちが安心して学習に取り組む環境を整えられる可能性が高まるのではないかと思うのです。

考えすぎなのかもしれませんが、多くの子どもたちを相手にする立場ですから、用心に用心を重ねても良いのではないか、というのが私個人の見解です。

まとめ

今回は、「静かにさせること」の指導の背景について考えました。
「静かにしなさい」にはきっと複数の背景があります。多くの子どもたちが集まる学校という場所だからこそ、どうしても制限しなければならない場面があるのではないかと考えます。

私が現在担任している学級では、ある子どもが「話し声のせいで集中できない」と言うけれど、言われた子どもは、解き方を教えてほしくて近くの友達に質問していた(学習に向かうための話し声だった)ということもあり、日々指導の在り方について葛藤しています。

全員が許容できる納得解を目指して、子どもと共に奮闘中です。

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